シーと青い空の真下で
ドブネズミみたいに美しくなりたい
写真には写らない美しさがあるから
リンダ リンダ(THE BLUE HEARTSより)
高い窓から淡い朝陽が差し込んで、灰色のコンクリートがむき出しになった壁の一部を、浮かび上がらせています。
東日本大震災の本震ではなく、数日後の震度6弱の余震でできた傷跡です。
ぬるま湯のステンレス製の浴槽で、両脚を投げ出しふんぞり返って、右手にワンカップ、左手にiPhoneを持っていました。
iPhoneからは、THE BLUE HEARTSの「青い空」が、最大ボリュームで流れています。
坊主頭のやけに細身のボーカルが、精神病院入院患者のように首を振ったり、手足をバタつかせたりしながら、歌っています。
むかし読んだ、19世紀のロシアの作家のガルシンの「紅い花」。
その精神病院患者の主人公のようでした。
または、映画「12モンキーズ」のやはり精神病院患者のブラッド・ピットのようです。
久しぶりに聴いたTHE BLUE HEARTSは、とても刺激に満ちていました。
こんなはずじゃなかっただろ?
歴史が僕を問いつめる
まぶしいほど青い空の真下で
正午を過ぎ、波動状の灰色の層積雲が、空一面に拡がって来ました。
夏の太陽は、一時休憩です。
愛犬シーズーのシーを散歩させるには、好条件になりました。
熱しられたアスファルト道路やコンクリートの歩道も、肉球を焼いたりしない程度に、冷めてくれるはずです。
シー
散歩だよ
夏の間の指定席の、玄関ホールのフローリングで寝ていたシーに、声をかけました。
シーはすぐに玄関ホールを、半分狂ったかのようにはしゃぎ回ります。
垣根付きの歩道に出ました。
層積雲が、空を埋めつくし、あたりは薄暗いむかしのトーキー映画のようです。
自動販売機のある東方向へ、歩き始めました。
さっそくシーは、垣根沿いの鮮やかな紫色の松葉菊に、顔を埋めてくんくん匂いを嗅ぎ始めました。
自動販売機の手前の、垣根沿いのコンクリートの歩道に、ぽつりと小さな黒いものが見えました。
それは、どうやら黒い蝶々のようでした。
よく見ると、脈が並ぶ大きな黒い翅(はね)に、小さなオレンジ色の斑点のあるアゲハチョウです。
翅を拡げて、じっとしています。
シーも、じっと見つめていました。
左手で儚そうな黒い翅をつまんで、すぐ脇の垣根の上へ移動させました。
つまんだ瞬間、わずかに翅を動かしました。
まだ生きている
垣根の密集した葉の上で、時々、風によってて微かに翅が動きます。
ちょうど、層積雲の隙間から太陽が顔を覗かせました。
瞬く間に、空が明るくなります。
垣根の葉と黒いアゲハチョウが、光に包まれました。
輝く葉っぱたちは、まるで優しい母の手のようです。
長い旅を終え、ようやく、安心したかのようでした。
緑の葉のベッドの上で、夏の光が奇跡のように、透き通った脈のある翅を、白く輝かせていました。
まぶしいほどの青い空の真下で
今朝、聴いたTHE BLUE HEARTSの「青い空」のフレーズが、浮かびました。
翌日、朝から雨が降り続きました。
シーとの散歩を断念しました。
翌々日、東の空に、低く横長の雲が紅く染まり始めました。
住宅街の瓦やスレートなど様々な屋根も、あたたかな光を浴びています。
鮮やかな紫色の松葉菊が揃う、垣根付きのコンクリートの歩道を、シーを先にして歩き始めました。
そして、自動販売機手前の垣根の前で、リードを引っ張って立ち止まりました。
朝陽を浴びて輝く密集した葉の上に、半分翅を閉じた美しい黒いアゲハチョウが、佇んでいます。
しかし、もはや翅を拡げることはありません。
時々、風によって一瞬、羽ばたくだけです。
シーがじっと見上げています。
そっと頭を撫でてあげました。
もう1つの世界を見たかった
もし、そんな狂ったクロアゲハがいたのなら、夏の日差しに晒されたコンクリートの歩道で、脈のある透き通った翅を拡げて、力尽きてしまうのかもしれません。
まぶしいほど青い空の真下で
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