シーとマリア Part17
マリアの音色
軽井沢万平ホテルは、秋の陽が注がれ半分紅と黄色に色づいた樹々に囲まれていました。
昭和初期に建てられた白い壁の趣きのある本館アルプス館は、3階建ての木造建築です。
中央の玄関に入ると、赤い絨毯が広がり、落ち着いたレトロな雰囲気がタイムスリップしたかのようです。
低い天井からは、丸い電燈がぶら下がり、壁にはステンドグラスが並んでいます。
左手の赤い絨毯を進むと、細長く全面ガラス窓のカフェテラスの室内席と、屋外席がありました。
かつて、ジョン・レノンファミリーが避暑のために滞在し、お気に入りであったカフェテラスは、日曜日とあって多くの観光客で賑わっていました。
あたたかな日差しが、カフェテラスの室内席に注がれています。
窓ぎわの四角い木製のテーブル席に、腰を下ろしました。
紅と黄色に染まった樹々が、秋の深まりを感じさせます。
ジョン・レノンが直伝したというロイヤルミルクティーを飲みました。
イマジンを歌うレノンの声が、聴こえて来そうです。
マグダラのマリアは、かぶっていた黒いキャップを隣の椅子に置き、眩しそうに長い睫毛の二重瞼を細めながら、窓外に目を向けました。
やはり、奇跡的な美しさです。
いつも通り、耳には白い花形のVan Cleefのピアス、首にも白い花形のVan Cleefのペンダント。
そして、クロエオードパルファムの香り…
朝のミサで会ったあの杖の外国人女性は、俺が初めてミサに参列した時に、このハンカチを拾ってくれた女の子だったんだよ
薄いベージュのタオルハンカチを、木製テーブルに広げました。
この犬の刺繍
シーに似ているでしょ?
わー
そうね
白とベージュの模様が
シーちゃんを思わせるわね
彼女は、タオルハンカチを手に取りました。
そっと、刺繍の犬を撫でます。
あの女性は
シーのことを神の子だと言ってくれた
神様の導きであり
さいわいをもたらすと
ふふふ
シーちゃんは
何か不思議な力を持っているかもね
そして他にもあの女性から、運良くとても貴重な情報を入手できたのです。
何年か前に、1人の男がよくミサに訪れていました。
男は洗礼を受けており、しかも、端正な顔立ちだというのです。
もしかしたら、その男が教会の写真を送ったお父さんかもしれないね
……
ええ
そんな予感がします
そのあと記念に、万平ホテルの名物でもあるアップルパイも食べてみました。
彼女は、美しい顔に満面の笑みです。
とても美味しい!
軽井沢にいる間、毎日食べたいぐらい
デフ活ファイトです
カフェテラスを出たあと、やはりジョン・レノンが気に入ったというピアノを見に行きました。
そこで、なんと彼女は鍵盤を弾きました。
イマジンです。
Imagine there's no heaven
It's easy if you try
No hell below us
Above us only sky
Imagine all the people living for today
想像してごらん 天国のない世界を
やってごらん 簡単なことさ
僕らの足元に地獄はなく
上にあるのは青空だけ
想像してごらん 今日という日のために生きているみんなを
周りの観光客は、足を止めました。
彼女は、やはりピアノが弾けました。
「森の隠遁者」のように…
ねえ
もしかしたらRavelも弾けるの?
「亡き王女のためのパヴァーヌ」を?
ええ
弾けるわよ
最初に母から教わった曲ですもの
窓から一筋の光が差し込んでいます。
彼女は、長く美しい指を奏でました。
あのRavelの「亡き王女のためのパヴァーヌ」です。
万平ホテルの低い天井の室内に、ピアノの音色が響き渡ります。
あのかなしく儚い旋律が…
かつて、「森」がコンサートホールのように響き渡り、樹々が共鳴した時のように…
マグダラのマリアの横顔は、儚い旋律のような美しさでした。
シーが神の子なら、やはり彼女はマグダラのマリアです。
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