シーとマリア Part4



蝉の声


蝉の声が、一瞬、聞こえました。
東の窓の古びたベージュのカーテンが、採光により明るくなっています。
iPhone7の時刻は、午前9時を過ぎていました。
少し、寝すぎてしまいました。

7月も後半になって、暑い日が続いています。
普段、寝室にしている2階の、白い壁にフローリングの洋室は、西陽を浴びて、室内温度が上昇し、蒸し風呂のように暑くなります。
数日前から、唯一エアコンが備えてある1階の茶の間で、寝ていました。


飲みかけの缶コーヒーを口にしながら、ベージュのカーテンだけが、仄かに明るい部屋を、見渡しました。
古い正方形の掛け時計、壁に差し込まれた大きな茶箪笥、愛犬シーズーのシーの大き目のゲージ、シーのご飯用の赤い器、水用のカップ…

あれ?
シー

部屋の中で、寝ているはずのシーは?

シー

何も返って来ません。
物音も聞こえません。

どこか別のところで寝てるかな?

起き上がって、茶の間に繋がる8畳ほどのキッチンを、覗きました。
夏の湿気が、ムッとします。

それから、浴室のある洗面所。
廊下の奥にあるトイレ。
戻って来て、玄関の広間。
どこにも姿がありません。

仏壇を悪戯されないように、襖を閉めている仏間とその縁側。
いません。

シーは、階段を登れませんけど、念のために、2階の寝室と和室、トイレ。
いません。

シー

汗が、額から滲み出て来ました。
もう一度、1階の茶の間、キッチン、洗面所、トイレ、仏間、縁側。

再び、2階に上がり、寝室と和室、トイレ。
やはりどこにもいません。
タオルハンカチで、止まらなくなって来た汗を、繰り返し拭いました。
焦げ茶色の玄関の引き戸の扉も、閉まったまま?
いや、鍵がかかっていません。

まさか
外に

枯れたような1本の白い木を除いて、何もない空虚な庭。
小さな赤い煉瓦造りの門を出て、屋根付きの駐車スペース。
そして、ちょっとした小さな花が彩る花壇に挟まれた、公道につながる20mほどのアスファルトの通路。
やはり、どこにもシーの姿はありません。

通路を走り、垣根付きの歩道に出ました。
東西に公道が走っています。

できるだけ、遠くまで
よく見て

東の方角には、強い陽射しの中、国道6号線との信号機のある交差点が確認できます。
垣根付きの歩道沿いには、色とりどりの一戸建ての住宅が、整然と並んでいます。

西の方角には、少し先の左側に、アサノスーパーの看板を兼ねた四角い屋根が聳え、やはり垣根付き歩道沿いに、整然と一戸建ての住宅が並んでいます。
東の方角にも、西の方角にも、犬の姿は見当たりません。

シー

焦燥が、頂点に達しようとしています。
まだ、現実がよく飲み込めていません。
グレーのTシャツが、汗に滲んで黒く見えます。
汗だらけで、再び、急いで家に戻り、1階、2階、家中探し回りました。
やはりどこにもいません。

シー
シー

心の底で繰り返しながら、再び、垣根付きの歩道まで戻りました。
もう、夏の陽射しが、アスファルトの道路を、蜃気楼のように、歪みさせています。
汗は、もう止まりません。

照り返しの強い公道を、普段と変わらず、乗用車やトラックが通り過ぎます。
学生風の若い女性が、ハンカチを扇ぎながら歩いています。
垣根付きの歩道沿いには、シーがよく匂いを嗅ぐ、鮮やかな紫色の松葉菊が、並んでいます。
いつもと変わらない風景。
しかし、シーだけがいないのです。


ふと足下を見ました。
1匹の蝉が、腹ばいになって横たわっています。
時々、微かに震えます。

まだ、生きている

そっと、元に戻してやりました。
しかし、蝉は、もはや寿命なのか、それ以上動きません。

先日、シーが散歩の際に、庭のどこかで鳴いている蝉に向かって、吠えていたことがありました。
いくら吠えても、もちろん鳴き止むことはありません。
しかし、シーは吠えていました。

蝉を追いかけて、どこかへ行ってしまったのか
まさか

夏の激しい陽射しの下。
蒼いタオルハンカチで、止まらない汗を拭いながら、マグダラのマリアに、LINEを送りました。

シーが、どこかに行った




シーズーと一緒に映画

愛犬シーズーのシーと毎日iPhoneで映画を観てます 私が観て来たたくさんの映画を紹介いたします

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