シーとマリア Part7
金髪の王子さま
煌びやかな世界が、拡がっています。
日常からかけ離れた、大人の世界。
間接照明が作りだす、緩やかな光のグラデーション。
ダークブラウンを基調とした、上質な空間が演出されていました。
隣の席との仕切りが、ガラス張りになっていて、上半身が映し出されます。
アッシュブラウンの前髪垂らした短いヘア。
半袖のイエローのパーカー、パッチワークデニムでネイビーのハーフパンツ。
シューズもネイビーのNEW BAlANCE。
腕には、PANERAIのサブマーシブル。
そして、香水はHERMESのテールドゥ。
同僚の柴やんは、飲み過ぎて、ダークブラウンのベンチソファに、横たわっています。
もうすっかり熟睡していました。
隣にいた人気 No. 1のさらちゃんも、声をかけるのを諦めました。
若い時の彼は、1ℓの缶ビールを、1度も口から離さず一気に飲み干すことを、得意としていました。
しかし、白い短髪がわずかになった昨今、早々と、睡魔に負けてしまうのが常でした。
ライトアップで、白さが強調されている四角のテーブルにスペースを作って、白くて四角のコースターの裏面に、ボールペンで絵を描いてみせました。
この絵こわい?
どうして帽子がこわいの?
右隣の、肩まで大きく開いたフリル付きの白いドレスのさらちゃんが、不思議そうに答えました。
りりなさんはどう見える?
え
はい
帽子に見えます
左隣の、首元に大きなリボンがあり白に縦じまのドレスのりりなさんは、さらちゃんよりも、さらに端正な顔立ちで、涼しげな雰囲気を持っていました。
口数も少なく、聞かれたことだけを答えます。
おそらく、人前で、大きく口を開けて笑ったことなどないだろうと思いました。
グラスのゲストビールが、運ばれて来ました。
もう何杯飲んだかわかりません。
もう1枚、白くて四角のコースターの裏面に、今度は、おとなにもわかるような絵を描きました。
大きなヘビのなかが見える、ゾウを丸呑みして、お腹をとてつもなく大きく膨らませている絵を…
今度は、さらちゃんも、りりなさんも、ヘビがゾウを丸呑みするのは無理だと、主張しました。
やはり、どこかずれてしまいます。
大蛇ボアに飲まれたゾウよりも
ヒツジの絵を描いて欲しいと言った
金髪の王子さまがいたこと知ってる?
黒服の案内で、仄暗い通路を通り、トイレに辿り着きました。
中は意外と広く、2つの縦長の便器が並んでいて、氷が敷き詰めてありました。
用を足しながら、もうこのような非現実的な世界は、最後だろうと思いました。
憧れの場? 自慢高慢の場、経済的成功の顕示欲の場、性欲の獲物獲得の場、老人の憩いの場、自由恋愛の場? 疑似恋愛の場? 哀れなモテない独身男のオアシスがぴったりかな? ほかにも何かあるだろうか?
トイレを出ると、少し作ったような微笑みのりりなさんが、おしぼりを手に、か細い身体で立っていました。
この娘は、このような世界は、似合わないと思いました。
しかし、ヘビのようなしたたかさで、生き抜いて行くのかもしれません。
金髪の王子さま
わかった?
いえ
教えてください
赤い花を、大切にしている王子さまだよ
PANERAIのサブマーシブルは、午前0時を回っていました。
マグダラのマリアからは、LINEが届いています。
家まで、彼女の車で送ってくれる約束でした。
もう時間が、迫っています。
柴やんを、何とか起こしてタクシーに乗せ、待ち合わせ場所に、急いで向かいました。
雲ひとつない一面灰色の空でした。
時々、雨が落ちていたので、雨雲が佇んでいてもよさそうですが、ひとつのイタズラ書きもない、灰色の色彩だけが拡がる空でした。
日付が変わって今日は、8月8日。
仙台七夕まつりの最終日です。
シーを連れて、マグダラのマリアと観に行く約束です。
ただ、雨だけが気がかりでした。
台風も、日本列島に近づいていました。
晩翠通り沿いの5階建ての「大仙台駐車場」1階の仄暗い長椅子に、彼女は腰掛けていました。
ノースポールの可憐な小さな白い花を、思い出しました。
白いキャプ、黒のノースリーブのTシャツ、
黒のショートパンツ、耳には白い花形のVan Cleefのピアス、首にも白い花形のVan Cleefのペンダント。
そして、クロエオードパルファムの香り…
ごめん
待たせた?
ううん
はい
ブラックコーヒー
彼女の車は、メタリックグレーのMINIクーパーでした。
MINI独特の大型スピードメーターが、ダッシュボードの中央に位置しています。
ミニオンのぬいぐるみが、その上に置かれていました。
真っ暗な室内は、スピードメーターをはじめすべての電球が、オレンジ色に光っています。
独特のBMWサウンドを奏でながら、走り出しました。
スピーカーからは、懐かしい曲が流れ始めます。
Libera(リベラ)の、Far away(彼方の光)です。
晩翠通りを右折して、定禅寺通りに入りました。
欅並木の、深い緑のトンネルを走ります。
国分町とのスクランブル交差点で、信号が赤になりました。
長い信号待ちです。
私は、ダミエ柄のLOUIS VUITTONのショルダーバッグの外側のポケットから、1枚の白くて四角のコースターを取り出しました。
お店で、最初に描いた方のコースターです。
オレンジ色の光に、その白いコースターを晒しました。
この絵こわい?
ヘビに飲まれたゾウなんていらないよ
ヒツジの絵を描いて
白いキャプの下の、オレンジ色に縁取られた美しい横顔が、勝ち誇ったように微笑んでいました。
再び、BMWサウンドを奏でながら、発進しました。
赤い花は好き?
うん
好きよ
どんな赤い花が好き?
1輪だけ咲いている赤い花よ
彼女は完全に、金髪の王子さまを把握していると思いました。
それで、私は、勇気を出して、今まで理解できず、謎のままであった1つの疑問を尋ねてみました。
金髪の王子さまは、自殺したの?
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