シーと星たち
たくさんの星が、散りばめられていました。
南の空の低いところに白く輝いているのは、フォーマルハウトです。
天頂近くには、ペガススの大四辺形も見えました。
救急車のサイレンが聞こえました。
愛犬シーズーのシーは、一瞬立ち止まりました。
振り向いて私を見つめます。
どうしたの?
シーは、はるか彼方から光を届ける星たちを、見つめていました。
前髪を垂らしたセミロングの黒髪の少女が、自分のスマートフォンで、動画を撮影していました。
何度も前髪に手をやります。
いくつかの表情をつくりました。
やがて、画面に向かって、右手でピースサインを送りました。
彼女は、化粧品やシャンプーとトリートメントが並ぶ、自宅の綺麗な洗面所で、女子高生の制服を着ていました。
動画の背景が変わりました。
少し薄暗くなっています。
再び、あの少女です。
右の大きめの黒い瞳のアップの後、俯いたために黒い前髪だけが映りました。
その後、顔を上げると、やはり垂らした前髪を何度も指で整えます。
来世は、二重がパッチリしてて
あと変な男につかまらない
彼女は、三つ編みに結って、薄いピンク色のトレーナーを着ていました。
黄色の視覚障害者誘導用点字ブロックが見えます。
どうやら、駅のホームに直に座っているようです。
終わりー
気持ち悪いよ
もごもご喋っています。
だから苦しい
また前髪を整え始めました。
他の客らしい話し声が聞こえて来まが、
すぐに沈黙が支配します。
無理だよー
だって話し相手がいないんだもん
話し相手がいません
誰も助けくれません
顔を上げます。
やや斜めを見ています。
彼氏に三つ編みが似合うと言われた
音信不通の彼氏に
今度は、じっと画面を見つめました。
意味わからない
意味わからない
左手の腹で、左目をこすりました。
鼻もすすりました。
泣いているのかもしれません。
ぜんぶ解決って感じある
後悔しないよ
あんなすぐ別な彼女作るし
わかんないや
今までやって来たことなんもない
ぜんぶダメだった気がする
私だけ頑張ってたし
わかんないや
わかんないや
前髪に手をやり続けます。
なんで私だけ頑張らなくちゃいけないのか
わからない
うーん
私頑張りたくない
なんで頑張らなくちゃいけないの?
電車なんかに轢かれたら
もう無理だ
お母さん
突然、踏み切りの警報機の音が鳴り始めました。
一瞬、少女の表情が止まりました。
左頬に添えていた手も止まり、やがて拳をつくりました。
目が左右に動きます。
唇を噛みました。
世の中すべてが、静止したかのようです。
しばらく、動画の画像も止まりました。
座っていた右足と、黒に赤い靴紐のスニーカーが映りました。
側にはペットボトルもあります。
やがて、少女は少しよろけながら、ふらりと立ち上がりました。
灰色のホームの上です。
黄色の視覚障害者誘導用点字ブロックが見えます。
隣のホームの屋根の下の照明が、膨らんで白く輝いています。
誰もいません。
夜空のたくさんの星たちだけが、彼女を見ています。
やがて、少女は線路の方へ向きを変え、ホーム際まで一歩足を運びました。
ピンク色のミニスカートを履いていました。
細い脚をやや内股にしています。
電車の警告の汽笛が、鳴り響きました。
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